債務整理 千葉 ラブリーボーン | 思いて学ばざる日々

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ラブリーボーン
評価:
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スピリチュアル!
主人公の熱い祈り
この作品が伝えたいこと


この作品は殺人の恐怖を植えつけようとするものではない。
その証拠に、音楽は彼方まで広がる風景を想像させるような美しいものばかりだ。

朝も晩も当然にやって来て、世界にとっては何事もなかったように一日は始まり終わるというのに、まるで額縁の風景から抜け落ちたように、彼女はそこに存在しないのだ。

14歳という、世界がどんどん輝き始める頃の本当に最初の年頃で、彼女は亡くなってしまった。
レイとのシーンは懐かしい甘酸っぱさが込み上げてきて微笑ましい。

あの世とこの世の間の‘夢’のような世界はとても美しい。
しかも、この世の事象や主観の気持ちとリンクして風景が象徴的に描かれるのが超私好みである。

憎しみとは恐ろしいもので、囚われるとそこは檻のようであり泥沼のようであり、抜け出すことはかなわず、しかも、自らが好んでその場に留まっている。
苦しみから自分を解放するということは赦すということではない。
苦しみから解放されるのに、決して相手を赦す必要はない。

あなたを愛している死者が、あなたが自分のために、苦しみ囚われ捻じ曲がって壊れてゆくところなど見たいはずもない。それならば、自分の無念も悲しみもいっそ忘れて欲しいと言うに違いない。
父の変わり果てた鬼のような姿に、スージーは彼を解放してあげる決意をして、例の扉を開ける。むしろそれは自分の死の秘密を知ることであり、犯人を赦す行為とはまったく別のものだ。

また、自分を失ったあまりの悲しみに、あなたが自分の存在していた記憶に触れないようにすることで、どれほど心を痛めるだろうか。愛らしかったひとの記憶の影が、爪痕のように心に傷を作るのだ。
愛する人たちを、失った自分という哀しみ、苦しみから解放してあげるということこそが、憎しみから魂を自由にする方法なのだ。

好きなシーンが3つ。
まずは、死に気づかないスージーが、犯人の浴室に入りこんでしまうシーン。
白一色の中に、泥の褪めた色とわずかな血の痕。
疲れたように浴槽に浸かる犯人の男。
そこで、スージーが「助けて!!」と叫ぶ、あの魂いっぱいの悲鳴が、骨まで揺さぶるような臨場感があって印象深い。
それから、ロッカー前でのレイとのシーン。
好きな人の存在というのが神聖的で、侵しがたい領域である頃の淡い恋。それが始まる瞬間を目の当たりに出来て、キラキラした気持ちになれる。

スージー役のシアーシャ・ローナンが可愛らしいうえに、表情やナレーションが巧い。
ハーヴィー役のスタンリー・トゥッチが、『シャル・ウイ・ダンス?』の人とは思えないくらい迫力満点。
この話、事件は猟奇殺人なんだろうけど、私が一番怖かったのは、ハーヴィーが最後アレしてアレするシーンだ。そこがいいところなんだが、ちょっとリアルだった。
リアルといえば、家族の描き方もとてもリアルだ。‘絵に描いたような’幸せなどではなく、ちょっとした行き違いや口論などもある、どこにでもある満ち足りた家庭を描いている。
お母さん役に、『ハムナプトラ』シリーズのレイチェル・ワイズを起用している。

スージーが死んで、人々はそれぞれ心から血を流し、そして、ほとほと疲れ果て、やがて乗り越えていった。それは赦すということでも忘れるということでもない。受け容れて、かつてあった存在を愛すということなのだ。

好きなシーン、最後のひとつ。
最後に母親は、彼女の部屋の窓を開け、シーツに新鮮な空気を入れる。
カーテンがゆれる中、母は笑顔で呟く。
「スージー、 とても愛してるわ」
後に残るのは、死者がかつて居た風景の、優しくて温かく、すがすがしい風が頬を撫でる感触だ。

うたの | 映画、書籍等 | 01:31 | comments(0) | - |
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