債務整理 千葉 思いて学ばざる日々

08
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
 (JUGEMレビュー »)

とにかく早く取り組みたい人へ
自己啓発にもオススメ
RECOMMEND
自殺のコスト
自殺のコスト (JUGEMレビュー »)
雨宮 処凛
死にたくなったらこれを読め
RECOMMEND
死別の悲しみを超えて (岩波現代文庫)
死別の悲しみを超えて (岩波現代文庫) (JUGEMレビュー »)
若林 一美
我々にとっては簡単な死が、どれだけの長い時間、遺された人々に影響を及ぼすのか?
MOBILE
qrcode
SEARCH
PROFILE
LINKS
   
OTHERS
SPONSORED LINKS
CONCEPT
うつで離人症で毎日が夏休みの
三十路女、人生を謳歌中。
好きなもの:止揚
嫌いなもの:ルサンチマン
自分の覚え書きめいたブログです。
CLEVER CLOGS!
LATEST ENTRY
CATEGORY
my GPS
skim
OIDEMASEEE! VISITORS
ARCHIVE
TRACKBACK
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク | - | | - | - |
Dr.パルナサスの鏡
評価:
---
大衆娯楽としてどうなのかな?と
わかりにくい
世界観を味わう映画。


あの『ダーク・ナイト』でとんでもなくいい演技を見せてくれたヒース・レジャーの遺作となるわけだが、ここでも彼は素晴らしい(イラッとする)演技を見せてくれている。
‘非現実’といえば話題の『インセプション』があるが、あちらは‘夢’を体系化したもので、この‘幻想館’とは趣向が違う。
私はどちらも好きだが、この作品で特に好きなのが、イマジネーションを介した悪魔と人間の戦い(悪魔から見ればゲームなのだろうが)という構図である。
パルナサスは博士・・・というより当初高僧?なわけだが、そのような卓越した身分の人間をそそのかし、欲しがるものを与えることで、悪魔は彼を永遠の‘遊び友達’とする。

とにかく悪魔ニックの登場が、いつも人を食っていて面白い。彼は何をするでもなく、ちょっとしたトークで人を惑わすのだ。そのあたりはメフィストフェレス的であり、ペテン師トニーと似ている。
トニー自身は露ほども思っていないが、彼はとんでもないペテン師である。
ジュード・ロウの演じるトニーの世界は、まさに現実世界によくある一部のエセ起業家たちの姿そのものだ。
パルナサス博士は永遠と絶望に苛まれ、アルコール浸りの毎日だ。そんな父親の苦悩を露ほども知らないヴァレンティナは、閉塞感のある毎日を抜け出し、16歳の青春を謳歌したいと願っている。
そんな二人はお互いを深く愛しながら、いつも上手くかみ合わない。

この作品の特徴として、イライラする台詞の言い回しが多い。
秘密を言いそびれるパルナサス博士。
正体に気づかれまいとお茶を濁しまくるトニー。
ヴァレンティナやトニーをはじめ、誰に対しても空気の読めない好青年アントン。

アントン役のアンドリュー・ガーフィールドは『ブーリン家の姉妹』でかわいそうなとばっちりの弟を演じていて印象に残っている。今回も頼りない青年役だが、これがまたしっくり来る。

それにしても、ちょっとしか出なくても、ジョニーデップは何故あんなにかっこいいのだろうか。←アホ

ただこのトニー役は、いつもの囁くようなデップ節では雰囲気が出ない。
はきはき喋ってこそが実業家系詐欺師のトニーなのだ。
その点コリン・ファレルのトニーは軽薄感が出ていてとてもよかった。ラストにかけてのトニーは彼で適任であり、パルナサスやニックと共に、観客もトニーを忌々しく思うことが出来る。

人間のイマジネーションの夢幻さ、滑稽さを描き、‘永遠’に憧れる人間を揶揄するこの作品。
見終わった後、どうせ永遠になるなら退屈だから悪魔のほうが面白そうだな、と思った私は間違いなく爆発の類の人間である。
それにしてもパーシーは一体何歳という設定なのだろうか?
うたの | 映画、書籍等 | 01:54 | comments(0) | - |
板尾創路の脱獄王
評価:
---
オチに驚き
松本人志より映画の世界に向いてる
ついに板尾監督始動

 
題を見れば一目瞭然なんですが、板尾さんは自分の才能に信頼を置いていて、かつ、観衆がそれを楽しみ迎えてくれるのを知っているようですね。
今回初監督作品なわけですが、カット割りなんかも初めてとは思えないこなれぶり。これは凄い。

たとえば冒頭のシーンで、主人公の鈴木のアップがドーンとスクリーンに映るわけですが、役者としても監督としても、自分の才能に自信があるんだな〜と解る、一切ためらいのない場面に仕上がっています。
特にニーッと笑う(笑っているわけではないのだが、それも演出)ところは、本当に迫力があります。
まだ一作目ではありますが、次の作品が早くも楽しみ。

主人公は無口で無表情な男のわけですが、脚本もなかなか味があって、その一挙手一投足から、脱獄に対する情熱というか、機会を淡々と待ち続け意欲を失わない様子というのが巧みに描かれていて、目が離せません。
ダイレクトに描かない、言わない、というのが私の好みなので、この作品のタッチはとても好きです。
最後に謎が解けて、それまでの不可解な行動のすべてが明快に繋がるところもいいですね。
よくある芸術系映画のように、ワケワカランまま終わるのも一興かと思いますが、ひとりの人間を描き切るときは、行動にはやはり理由がなければね。

好きなシーンは、金村が刑務所視察に訪れ、痛めつけられ伏している鈴木を偶然見回るシーン。
あの光の使い方、鈴木の一連の表情のつけかたなどが好きです。
出産シーンも、ちょっとバースディ的で怖い!と思う人がいるかも知れませんが、私は好き。
エンディングテーマも、怪我をするやもしれない難しい選曲ですが、上手くいっていますね。
エンドロールを見たらテイ・トウワさんでした。

残念なのが最後の金村の一言。
松ちゃんもそうなんですが、芸人さんって、オチをハッキリさせなければならないという強迫観念があるのでしょうか?
それまで行間を読ませ続けてきたわけだから、明言しなくても観客はよく判っています。
それを言葉にしないほうが、鈴木の人生がより滑稽に描かれると思うのですが・・・・。
どうしても、落としたい?

あともうひとつ、予告のあのシーンが本編に使用されていないこと。(わざとなのか?)
やむ落ちなのだとしたら、金村の言う囚人たちの‘夢’として出てくるものなのか・・・。
出産シーンがあるから別に足りてるといえばそうかもしれませんけれど、
あれがあったほうが、ミスリードも含めてまた世界観の可能性が広がったんじゃないかと思います。
それも観たかったな〜。

芸人さんが多く出演している当作品ですが、木村祐一さん、宮迫博之さん、ぼんちおさむさんと、中でも演技の上手い人たちを主要に起用しているのがいいですね。
本職の阿藤さんの演技が「?」てなくらい上手い人たちです。←失礼;
石坂浩二さんが出演しているのにはちょっと驚きましたが、いかにもらしい役でした。
ただ、これは撮り方のせいかと思うんですが、石坂さんのシーンが教会以外みんな素人っぽい作り。
監獄シーンがみないい出来なので、そこが凄く残念。

我が家のちぃ兄こと津田寛治さんが、得意なキャラクターで出演しています。
あの声質もあるのでしょうが、ああいう軽い役を演らせたら本当にしっくり来るな〜。
金村との夕食シーンとか、凄く好きだ。
好きといえば、木下ほうかさんなんかも好きです。
最近露出が多くなってきて、ちょっと嬉しい。
うたの | 映画、書籍等 | 01:38 | comments(0) | - |
ラブリーボーン
評価:
---
スピリチュアル!
主人公の熱い祈り
この作品が伝えたいこと


この作品は殺人の恐怖を植えつけようとするものではない。
その証拠に、音楽は彼方まで広がる風景を想像させるような美しいものばかりだ。

朝も晩も当然にやって来て、世界にとっては何事もなかったように一日は始まり終わるというのに、まるで額縁の風景から抜け落ちたように、彼女はそこに存在しないのだ。

14歳という、世界がどんどん輝き始める頃の本当に最初の年頃で、彼女は亡くなってしまった。
レイとのシーンは懐かしい甘酸っぱさが込み上げてきて微笑ましい。

あの世とこの世の間の‘夢’のような世界はとても美しい。
しかも、この世の事象や主観の気持ちとリンクして風景が象徴的に描かれるのが超私好みである。

憎しみとは恐ろしいもので、囚われるとそこは檻のようであり泥沼のようであり、抜け出すことはかなわず、しかも、自らが好んでその場に留まっている。
苦しみから自分を解放するということは赦すということではない。
苦しみから解放されるのに、決して相手を赦す必要はない。

あなたを愛している死者が、あなたが自分のために、苦しみ囚われ捻じ曲がって壊れてゆくところなど見たいはずもない。それならば、自分の無念も悲しみもいっそ忘れて欲しいと言うに違いない。
父の変わり果てた鬼のような姿に、スージーは彼を解放してあげる決意をして、例の扉を開ける。むしろそれは自分の死の秘密を知ることであり、犯人を赦す行為とはまったく別のものだ。

また、自分を失ったあまりの悲しみに、あなたが自分の存在していた記憶に触れないようにすることで、どれほど心を痛めるだろうか。愛らしかったひとの記憶の影が、爪痕のように心に傷を作るのだ。
愛する人たちを、失った自分という哀しみ、苦しみから解放してあげるということこそが、憎しみから魂を自由にする方法なのだ。

好きなシーンが3つ。
まずは、死に気づかないスージーが、犯人の浴室に入りこんでしまうシーン。
白一色の中に、泥の褪めた色とわずかな血の痕。
疲れたように浴槽に浸かる犯人の男。
そこで、スージーが「助けて!!」と叫ぶ、あの魂いっぱいの悲鳴が、骨まで揺さぶるような臨場感があって印象深い。
それから、ロッカー前でのレイとのシーン。
好きな人の存在というのが神聖的で、侵しがたい領域である頃の淡い恋。それが始まる瞬間を目の当たりに出来て、キラキラした気持ちになれる。

スージー役のシアーシャ・ローナンが可愛らしいうえに、表情やナレーションが巧い。
ハーヴィー役のスタンリー・トゥッチが、『シャル・ウイ・ダンス?』の人とは思えないくらい迫力満点。
この話、事件は猟奇殺人なんだろうけど、私が一番怖かったのは、ハーヴィーが最後アレしてアレするシーンだ。そこがいいところなんだが、ちょっとリアルだった。
リアルといえば、家族の描き方もとてもリアルだ。‘絵に描いたような’幸せなどではなく、ちょっとした行き違いや口論などもある、どこにでもある満ち足りた家庭を描いている。
お母さん役に、『ハムナプトラ』シリーズのレイチェル・ワイズを起用している。

スージーが死んで、人々はそれぞれ心から血を流し、そして、ほとほと疲れ果て、やがて乗り越えていった。それは赦すということでも忘れるということでもない。受け容れて、かつてあった存在を愛すということなのだ。

好きなシーン、最後のひとつ。
最後に母親は、彼女の部屋の窓を開け、シーツに新鮮な空気を入れる。
カーテンがゆれる中、母は笑顔で呟く。
「スージー、 とても愛してるわ」
後に残るのは、死者がかつて居た風景の、優しくて温かく、すがすがしい風が頬を撫でる感触だ。

うたの | 映画、書籍等 | 01:31 | comments(0) | - |
なくもんか
評価:
---
才能のある人たちによるプロの作品、面白かったです。
最後の終わり方が…
上質なB級映画


私は宮藤官九郎さんの脚本が好きです。
ナンセンスをナンセンスのまま描く作品も大好きなのですが、
単純な構図の中に漂う複雑な空気、場を、隅から隅まで丁寧に描く作品はもっと好きです。

この映画は家族愛をテーマにしていますが、主要な登場人物たちはみな、何かしら問題を抱えています。
楽しそうに笑ってはいるけれど、心の中では必ずしもそうではなく、みな、それぞれの荷物を抱えて日々を送っているわけで。
私は人情ものというやつに食指が動かない人間です。
といって、ハッピーな予兆をはらまない苦労話も好きではない。
そこのところをいくとこの作品、人情ものでありながら、滑稽でブラックな部分もあるハッピーエンド。
ストーリーはとことんナンセンスで滑稽なくせに、人間の描き方は薄ら寒いくらいリアル。
そこに、阿部サダヲさん独特のリズム、竹内結子さんの巧みな合いの手が入り、テンポ良く進んでいくのだから飽きさせない。

他人様の場の中で、常に居場所を確保しようと奔走する兄の、どこか嘘っぽい仮面めいた笑い。そのかたくななまでの「好きでやってますから」はもはや痛いくらい。
親も兄弟も友人もなく、その温度を知らずに超人気芸人となった弟は、自分の存在に自信がもてない。ただ、相方という兄が居さえすれば良かったのに、癖のある実父と実兄が出現して当惑。
また、そぶりこそ見せないが、共に居ることの叶わない実父を求める子供たちも複雑。
姉は‘いい人’である養父の辛い部分を目の当たりにして気を遣い笑顔をみせるし、なついてはしゃぐ弟の方もやはり実父を求めています。そんな二人とひしと抱き合う母とのシーンは、哀しいかな誰も割り込めない絆を感じさせます。
ぎこちないながらも、みな関わりあうことを選択し、それぞれ手探りで幸せな未来を探してゆくラストだが、結局強い方向性を出さないまま終わるのがいい。
人情もので何が一番好き?と訊かれたら、迷わずこの作品を挙げると思います。

『西部警察』シリーズで、蝶ネクタイの係長をずっと演っておられた庄司永建さんが出ているのが、また嬉しい。あと、、光石おじさまも、金城ブラザーズマネージャー社長の役で出ております。
うたの | 映画、書籍等 | 02:00 | comments(0) | - |
必死剣 鳥刺し

愛する妻を失った兼見は、絶望を隠し、武士としてあるべき死に場所を探していた。それがたまたま妻妾・連子に向かっただけである、という始まりである。『武士の一分』で語られるとおり、武士は死ぬことと見つけたり、である。←うろ覚え
死ぬための意義を見つけ、実行することで終わったかに見えた彼の苦しみは、藩主の寛大な処置で潰えた。そして、城内では何も変わらない日々が続いている。台頭する相手が変わっただけだ。
(このあたり、企業を始めとした組織の悪癖を感じて、いかにも教訓的である)
伺候するという大役と武士としての忠誠心、個人的な意見とリーダーシップをとるべき人。里尾という存在に気づき、やっと生きる希望を見出せそうだったというのに、その狭間で兼見は武士として避けようのない道を進まざるを得なくなる。
寡黙な兼見が、淡々と絶望的な運命に引き寄せられてゆくところが哀しい。

原作が藤沢周平だけあって、まさに時代小説、という感じの醍醐味を満喫できる。映画館も、やはりそんな世界をこよなく愛するアダルトが目立った。
どちらかというと、時代ものであればフィクションよりノンフィクションを基にした作品が好きである私である。愛好家の方より、奇をてらったものが観たいと思ってしまうような不届き者だ。
ただこの作品は、他の藤沢原作の映画より断然好きである。
死に場所を探して彷徨う寡黙で実直な武士、というのがツボなのだ。その役を、豊川悦司さんが演っているのもいい。

観ていてとにかく目を奪われたのが、古式ゆかしい作法である。女性の障子の開け方、三つ指の突き方に始まり、藩士の襖の開け閉め等、当代はは当たり前であった作法がとても美しく感じた。
あと、兼見目線が中心の武士の世界を語ると同時に、里尾の切ない恋心を上手に見せていく手法にも好感が持てた。そんな乙女な気持ちとは無縁な私でも、つい、キュンときてしまうような、堪え忍ぶ巧みなエピソードが満載である。
それから、台詞のないシーンをとても大切にしていると感じた。冒頭の能シーン、ラストの殺陣シーンなど、台詞もなく長尺であることがとても有意義に感じられる。
特に殺陣シーンは、鳥刺しにつながる一連の心情推移で、一歩一歩、じりじりと退路を絶たれる閉塞感を醸し出すのには本当に効果的だ。がら空きの背後を斬りつけられたり、いかに剣豪といえども、大人数を相手にするのは困難であるというリアルさもいい。
冷静な兼見が問われて「・・・、 鳥刺しですか、・・・」と思わず溜めてしまうのも納得できる必死の技が、本当に恐ろしい。哀しいが、懲悪的で後味の良い時代劇の中で、観る者を、一瞬冷水を浴びせかけられるような衝撃に陥れる。

時代劇なのに、いかにもというキャスティングを外して、ごく地味にしているところも心憎い。
噂話を囁く部下たちも、サラリーマン然とした雰囲気の3人を起用していた(ちょっとほほえましい)。
個人的に印象に残ったのが、『のんちゃんのり弁』であの地味すぎる幼馴染みを好演した村上淳さん。周囲を振り回す殿役を、巧みに演じていてナイスキャスト。 兼見が初ご挨拶をしに行ったときのあの居住まいが、大人子供していて最高にいい。
それから、俳優として常に演技が楽しみな吉川晃司さんが、ご別家様こと帯屋隼人正を演っている。殿に比べて民思いで人望もあるご意見番を、迫力たっぷりで好演。ラストの殺陣も切れがあってなかなか良い。正式な太刀振る舞いを会得した者同士、一対一の醍醐味を存分に味あわせてくれる。
あと、常務クラスの役では定番である矢島健一さんも、家老役で出ている。

ごく私見だが、王道ながらも折角異色の作品なので、民部役は岸部さんより善人色の強い俳優さんがやったらもっと楽しかったかなぁ、とかわがままを言ってみる次第である。

うたの | 映画、書籍等 | 04:18 | comments(0) | - |
イズ・エー [is A.]
評価:
藤原健一
いい映画だと思います。
伊藤かずえが美人だった
秀作

 
 
結構前の作品なんですがこれ。
小栗くん×津田寛治さんってことでご紹介。

観たのがホントずいぶん前なのでアレなんですが・・・。

私は津田寛治さんが好きで、この作品では主人公を演じているのですが、
このステレオタイプ的なストーリーが好きになれなくてですねぇ。
主題は凄く興味をそそるのですが、描き方が入門編みたいな感じだからか。

津田さんの演る刑事役はひたすらハードボイルドで、
小栗くん演じる少年Aはひたすらイデアな少年知能犯で、
内藤さん演じるお父さんだけがちょっとリアルという、勿体ない構成だったことが印象に残っています。

それぞれの演技も特にいいというわけでもなく。

特筆すべきはラストの対決シーンでしょうか。
犯罪者の言い分なんか聞かないぜ!という厳しい大人の目を象徴しているといえば、しているかも。

うたの | 映画、書籍等 | 02:56 | comments(0) | - |
シュアリー・サムデイ

この作品は、観る者の人生において圧倒的な既視感を持たせるが、その語り口はありきたりではない。むろん脚本の力もあろうが、小栗監督というのは感覚が鋭く、かつ、それを正確に記憶し続けアウトプットする才能に長けているようだ。

たいがいの青春映画は、あの頃のちょっとした甘い気持ちを、等身大の主人公とシンクロして共感するか、あるいは、破天荒なキャラクターたちの馬鹿騒ぎを、いわゆる青春の一ページとして、温かい気持ちで傍観する、といった風だと思う。
だが、この作品は違う。破天荒な行動に及んだ等身大の主人公たちが見せてくれるのは、高校時代の向こうみずなエモーションだけではなく、まだ恋も知らぬ小学生時代の青い感受性、学校生活から社会という海に漕ぎ出し、人生に意義を模索せんともがくあの一連の焦りと挫折、がむしゃらなど、本当に多種多彩だ。
しかも、恋も友情もない交ぜになっているのではない。心の底で覚えているそれぞれの感覚を、ひとつひとつ並べて、丁寧かつガツンと思い出させてくれるのだからたまらない。
ストーリーの概略だけを追っていけば、ありふれた青春ドタバタムービーであるが、ガシャンとひっくり返したおもちゃ箱の要素、世界の一つ一つを、無駄遣いせず、丁寧につなげているのも好印象。
音楽に関しても、それぞれの場面での挿入曲はかなり印象的で、ここにもウエイトが置かれているのがよく分かった。流行りの、劇中歌という形態も取っている。

私の好きなのが、主人公・巧の小学生時代のエピソード。小西真奈美扮する美沙とのシーンは、どれも、小学生の純粋な気持ち、そして、小さな絶望と諦観を抱える女性の哀しみを、どーんと胸の奥に焼き付ける。特に‘お母さんに会いに行く→違うと解ってた→淡い恋心’など巧みに演出されていると思うし、そんな青い感覚にスクリーンでお目にかかれることはめったにない。しかも、ハイティーンの青春映画の中でである。
もちろん、巧×美沙の絡みであれば、ラストの空港シーンも好きだ。真実の愛を胸に抱く美沙と、若い巧の温度差が良い。
青春にもフィクションにも挫折はつきものであるが、亀頭たちに追いかけられボコボコにされるシーンも、他の青春ものに比べると尺が長くて悲惨だ。ぼろぼろに傷つくシーンを完膚なきまでに描こうとする試みは面白い。
あとは全体的にであるが、主人公たちのじゃれあいが落ち着いて会話になってゆくという、あのよくあるが再現の難しい一連のパターンを、根気良く何度も見せてくれているのも特徴。

演技派俳優の小栗監督のことだから、集めたキャストは皆上手い役者さんばかりで、とにかく安心して見られた。脚本のせいもあろうが、主人公5人のキャラクターも自明がはっきりしていて感情移入しやすい。
主人公・巧を演じた小出恵介はもちろん文句なく素晴らしかったが、特筆すべきは勝地涼だろうか。『少年メリケンサック』では天然のアマチュアミュージシャンで笑わせたが、今度は完璧なバカ系三枚目を熱演している。散々ふざけまくって、肝心なときに周囲をイラッとさせつつ、激しく傷ついたりするキャラクターで、亀頭に散々な目に遭わされた後、仲間一人一人を責めるシーンは、それでいて激しく自分だけを責めているという心情がにじみ出ていて良かった。
あとは、雄喜の父親役・モト冬樹が、子供と楽しそうに戯れるお父さんを好演。逆に竹中直人は、ありがちな三枚目キャラを封印して、元刑事の渋い父親を、重厚感たっぷりに熱演しているのがいい。
監督が今をときめく俳優ならではの、カメオ的友情出演がとても豪華である。大竹しのぶ、上戸彩、岡村隆史、妻夫木聡など、そうそうたるメンバーであるところも見所だ。(監督自身も出演している)
ちなみに、個人的ファンである津田寛治さんも、ワンシーンに出演していて嬉しい。

青春映画のこういう描き方があまり好きではない人もいると思う。けれど、非現実の中に超現実の感覚を鋭く差し込んでくるという手法が好きな私は大満足。初監督だけあってやや荒削りな演出もあったが、そのセンスに関しては納得できた。
『キサラギ』『TAJYOMARU』などから、俳優としてはかなり注目していた小栗旬。天は二物を与えずというが、けっこう何物も与えることがあるんだなぁ、と思う次第である。役者同様、監督としても今後の活躍を期待したい。
うたの | 映画、書籍等 | 02:45 | comments(0) | - |
踊る大捜査線THEMOVIE3 ヤツらを解放せよ!

踊る大捜査線の本映画は約7年ぶりだという。
予告を見る限り、前回までの引きなおしに、オールキャスト出演というマンネリな感じだ。
警察署乗っ取りというのも、以前稲垣五郎さんがゲストの話で使用済みである。
まさか第3弾で天丼はないだろうと思いつつ、とにもかくにも、あまり期待しないで観に行った。

最近の織田裕二さんといえば、しばらく演技活動外でしか目にすることがなかったのだが、昨年の『アマルフィ』で、トレンディ俳優(死語?)から脱却した骨太さを見せてもらったばかりだ。
あのがむしゃらだった若手刑事の青島が、7年経って、どう成長し、どう変わらずに存在するのか。
果たして、スクリーンに映し出された青島の横顔は、いささか老けてはいたが、変わらないあの茶目っ気を十分に発揮していた。
自分の見方が変わったのかもしれないが、それでいて、人物に大人としての厚み(演技力?)が出ているように感じる。

実を言うと私は、踊るシリーズの設定は大好きなのだが、主題が嫌いである。
テレビシリーズから続く本店VS支店、キャリアVSノンキャリという構造が、共感を集めるものだと解っていながらも、僭越すぎて、どうしても好きになれなかった。

ただ、この作品が与えた影響は素晴らしく、青島俊作という‘貴種でない正義の味方’が登場し、サラリーマンの星となった。しかも、織田裕二さん演じる青島にはものすごくチャームがある。
しかし、MOVIE2ではそのカリスマ振りが災いして、あまりにも形而上な話になりすぎていた。現在の刑事もの流行とは真逆の時代において、構造に重きを置いたのは正解だとは思うが、あまりにもストーリーが疎かになった。青島という、一人のサラリーマンの熱意に動かされて、「自分の判断で」というイデア(というより組織崩壊テロ?)が主軸となっていたのだ。
(最近見返したわけでもないので、ただただ‘印象’という意味合いでだが・・・・・)
今回もそのノリだったらどうしよう、と、ひそかに危ぶんでいたのだが、蓋を開けてみて、安心した。
その後、『容疑者室井慎次』を経て、『誰も守ってくれない』を描いた君塚さんである。エンタメにはエンタメ流の筋の通し方をちゃんと心得ていた。
(構成上仕方ないが、「ジャンプか!」という僭越なネタも堂々と使われていましたが・・・)
2と違って青島は、特別なカリスマを持っていない。確かに湾岸署ではリーダーシップを執る一人のようではあるが、 その存在は特別ではないのだ。そこが素晴らしい。それでこそサラリーマンの星なのだ。(神格化が和久さんに移行しているという話もあるが・・・)

予告で謳っている青島の死亡フラグであるが、本編画像をちゃんと使って、うまい具合の危機を演出している。大人にありがちなハプニングではあるが、まさかそう来ると思っていなかったので、凄く面白かった。それに付随して起こる青島とすみれのカップめんシーンも、目じりが下がってしまうくらい微笑ましい(まったく恋愛にならないのがまたいい)。こんな間柄の同僚、仲間たちとお仕事ができたら、毎日絶対楽しいだろうなと凄く羨ましくなってしまう。

構造のシフト、加えて時間経過による出世という設定によって、残念ながら、室井はいささか蚊帳の外に置かれてしまった。そこで、キャリア組として新たに加わるのが、小栗旬さん演じる鳥飼だ。
私の中で、彼は、若手演技派俳優のど真ん中に位置する人であるゆえ、あの元気な青島やその世界観とどう絡んでゆくのかとても気になった。折角彼が出るのだから、できれば名演を発揮して欲しいが、展開上、キャラクターがそこまで掘り下げられるか怪しいものだ。
だが、期待は再びいい意味で裏切られた。今回はVS路線ではないゆえ、鳥飼は決して敵ではなく、といって味方でもないという、ともすれば生殺しの難しいポジションだった。それを小栗さんはうまく演じきってくれている。彼の言葉少ななシーン、無言の演技は、鳥飼という人物のポジションを、巧みに浮き彫りにさせてくれている。

事件に関して言えば、犯人像は前回2のものをもっと深く細かく設定したという感じ(2はいい加減すぎたと個人的には思う)。ただ、その背後に、本シリーズ唯一異彩を放っていた・・・というか、浮きまくっていて勿体なかった人物を投入。ここでまた青島とはミスマッチかと思ったが、成熟した青島のなせる業か、脚本と演出の妙か、うまく調整されていた。

上記のように、室井ファンにとってはとても納得のできるストーリーではないだろうが、私はこれくらいの温度が好きだ。初期「踊る」の世界では、‘改革したいなら偉くなれ’というのがキャッチだったが、そこからちょっと大人になって、揺るがしがたい寄木細工のような構造が描かれるに至った。ここまで来ると、もう青島世界のカテゴリー外だ。これ以上突っ込んで描いてしまうと2の二の舞になる。
劇中で、青島が「やっぱりうちの係員は優秀だね」と呟く。大きな組織を語る「踊る」だが、そうやって最小単位についてのありふれた台詞を使う、これこそが観客に共感を持たせる巧みな手法であると思う。

おなじみのメンバーが総出演していて癒された(何故筧さんを出さないのか・・・ ←ファンなので)。私はこのシリーズの、人がいっぱい居てにぎやかにしているシーンが本当に好きだ。
演技力に関してあまり信頼していない(ごめんなさい;)ユースケさんだが、今回は、持ち前のつかみ所のなさが生かされていて、全般的に良かった。開署式のシーンなどは、とても自然で面白い。
(ただ、‘目には目を’のシーン、見せ場だったのに、その後うやむやに・・・)
内田有紀さん、伊藤淳史さんなど、フレッシュながらも‘ライトスタッフ’としてのポジションを確立していて良かったし、昔からの佐戸井けん太さん、河本雅裕さん、遠山俊也さんなども活躍している。
特に、ゆるキャラっぷりを遺憾なく発揮するスリーアミーゴスも健在。北村総一郎さんを見て、早く『アウトレイジ』が観たくなった。(昔はこわもて刑事とか、やくざとか死体とかの役ばかりだったのに・・・・)
あと、個人的にワニ?の出てきたシーンが、アニメ『機動警察パトレイバー』のTVシリーズを髣髴とさせて面白かった。

私は特別に織田さんが好きというわけではないし、どちらかというと演技に特徴があって、たとえば、香川照之さんのように、どんな役もこなします!という演技派俳優さんとは一線を画していると思う。
(どちらかというと、私は香川さんのような役者さんが好みだ。)
だが、『踊る』しかり『椿三十郎』しかり『アマルフィ』しかり、やはり私にとって、織田裕二さんは特別な存在である。
チャームというか、華というか。
彼がスクリーンに映し出されると、醸し出される存在感に、ついつい目が釘付けになるのである。

うたの | 映画、書籍等 | 05:17 | comments(0) | - |
先にやっとけばよかった
 
何日か前の夢。

私は営業車で、事務所に帰ろうとしている。
ガソリンが少ないので給油していかないといけない。
目の前に高架橋があり、それが始まる右手に、自宅近くのいつものスタンドがある。
(高架は存在しないが、実際に利用しているスタンドの雰囲気)
しかし、今は止まりたくない。
この先にも給油の機会はたくさんあるので、ここはやり過ごし、高架を上ってゆく。

いつのまにか私は車を置いて徒歩になっていた。
上っているイメージはやがて登っているイメージになっている。
車のように一列に登るのだが、足場が悪い。
しかも、車を置いてきているので、高架を降りた向こうで、また取って返さねばならない。
作業服を着た係員のおじさんに促されたトタン屋根だが、前の人が踏んだところが薄くて抜け落ちてしまった。
いくら私でもこれはきつい。
先に・・・あのGSで給油しておけばよかった、とふと思う。
おじさん二人の見守る中、屋根はリタイヤして、鉄板の門のようなものに足をかけ、蝶番を利用して、隣に渡る。

【印象に残ったもの】
全般的にあまりない。
クリーム色のアスファルトでできた道、高架橋。
西から東へ上る。
(これは現実に、近所のGSから事務所は東)
離地したのちトタン屋根が剥がれ落ちる、その前の人の足首から先、男性、作業着風。

―――――――

珍しく昼の夢。
かなり時間と手間がかかっている様子だが、タイムリミットはないもよう。
ただ私は、めんどくさいと思っているだけで、早く給油しなきゃ、とか、早く事務所へ帰らなきゃ、とかは思っていない。
ただ、このめんどくさい工程の後も、道は続いていることを意識しているのみだ。

最近仕事で、判断ミスからスケジュールがきつきつになってしまったものがある。
「あ〜!私としたことが、早く手を打っておけばよかった!」と切実に思った。
しかしそれは思いがけず解決したので、これには当てはまらなそう。
危なっかしい屋根をリタイヤして、違う方法での進み方を選ぶのが気になる。
しかも自分で見つけるというより、係のおじさんに促されたっぽい。
(屋根が抜けるからといって恐怖はない。ただ、‘頓挫’という意識が働いた。)

この夢は、もっと長いスパンでのことの暗示になりそう。
だからといって今、早くやっとけば良かったと思う事案にまったく心当たりがない。
夢の前半と後半は別のネタなのかな?


うたの | ゆめにっき | 02:34 | comments(0) | - |
告白

本当をいうと、心に闇なんてない。
その先を確かめるが嫌で、見たことのない暗がりを他人がそう名づけただけだ。
この作品は、そのうすぼんやりした暗がりに、おもむろに、ぎらぎらとした光を当てるものである。

たとえ手段は奇妙でも、動機のそのまた奥に巧妙に隠された出自は、いたって単純明快だ。
むろん本人は、その単純明快さが見当違いだと声を大にして反論するであろうし、露見は恥・・・そんなもの幻想に過ぎないのだが・・・と見做して必死に隠蔽するかもしれない。
ここでしばしば使われる感情が‘馬鹿にする’‘無関心ぶる’であり、 心の動作から見れば崇高でもなんでもない、至って平凡で未成熟な発露である。

一見不可解な殺人を遂げた犯人A・Bだが、動機を経て、出自となる元型が2種類しっかりと描かれている。Bの方の動機はちょっと弱いが、どちらにも共通するのが、母と子の濃密な世界が、いかに遊びがなく厳密なものであるかということである。
(無論、濃密で遊びがないのは誰しもの母子関係であっても同じことだし、同じ発露がすべての子供に均等に訪れることはない。そこは横道なので描かれてはいないが、受け取る子供側の気質も多分に影響している。)

‘復讐心’にどう向き合うか・・・まずは、これが森口先生のテーマであるが、『さまよう刃』の長峰父さんと違って煩悶の様子は見られない。
生徒たちのテーマ‘命’(というより自我?)を主軸に置くため、また、彼女をネメシス的役割に徹させるため、考えに考え抜いて、決断し、行動したという風になっているようだ。
ただひとつ気に入ったのが、美月ちゃんから告白を聞いた帰り道で、森口先生が嗚咽するシーン。しかもそのあと「くだらない」と呟く。どういう意味かはラストに氷解するのだが、残酷な復讐に違う感情をもうひと乗せしているところがいい。それでいて、彼女が崖から弱きものを蹴り落とす母ライオンのように、徹底して、かつての生徒たちの‘甘え’や‘未熟’を残酷に指摘し、糾弾している。
(冒頭のシーンで、ポリシーを‘対等に’と言っているが、これは‘大人と変わらず’という厳しい意味にも取れる)
クラス全員の残酷さ、美月ちゃんの言う‘忘れる’‘逃げる’行為は、13歳という短絡的な幼さが存分に表現されている。語り手なのでしょうがないが、美月ちゃんの告白が大人に思えるくらいだ。
また、頭脳明晰でクールな少年Aについても、例外なく(というか特に?)情報を処理し判断する能力が未熟であり、森口先生を何度も失笑させる。本編では語られていないが、血の混入事件で示唆されている通り、ラストのどっかーんもフェイクである可能性もある。

中島監督の演出はもともと大好きなのだが、いつもの派手な演出と比べると色も動きも落ち着いていて、物足りない方もいるかも知れない。だがしかし、人間のイマジネーションというものを映像に焼き付ける手法は、相変わらず見事である。
特にラストの犯人Aのイマジネーションは、哀しみと苦しみと少しの後悔を、時計を介して巧みに映し出してくれている。あの場面はいろんな映像の起こし方があるだろうが、冒頭から多用していたハイスピードカメラを用い、時間のねじれを暗喩のようにして表現する手法は、鈍感になってしまった犯人Aの心を呼び戻す描写にはうってつけのように感じた。
それから、前編にわたり、雲、雨、水、そして血など、人物以外のものを丁寧に撮って見せてくれているところも、事件の起承転結に目が行ってしまいがちな観客を、引っ張り戻してくれるのに役立っている。
やはり、この映画は起こっていることを見るのではなく、個人の心という他者からは隔絶した世界を見、感じることが大切であると思う。

主役の松たかこさん、Bママの木村佳乃さんは名女優さんで、見ていてとても安心できる。
特に松さんの、ファミレスで幸せそうな家族を眺める、なんとも怨念に満ちたあの表情は本当に素晴らしい。本人が十分わかっていても、ダークな羨望が細胞から滲み出るさまがあれだ。
それから、木村さんの紅茶〜台所日記シーンは、監督の演出もあるだろうが、非常な決断をした人間が、それを無意識に日常へはめ込もうとする様をうまく表現していて好きだ。
主役の子供たち3人だが、特に「超上手い!」というシーンはなかったものの、特殊な役回りを、白々しさも違和感もなく上手にやってのけていた。脚本と演出が巧みすぎて、演技そのものより役柄の自明性に目が行ってしまったのだが、特にBを演じる子役さん(名前ワカラン;)は良かったと思う。
(それにしても、テロップに新井浩文さんの名があったのだが、どこに出てたか見逃してしまった!)
うたの | 映画、書籍等 | 01:46 | comments(0) | - |
2/50PAGES | << >> |